さて、先日の『宇宙軍士官学校-前哨-』と『君が衛生兵で、歩兵が俺で』、この二つの作品を読んだ上で、比較、考察など。
いえ、中途半端に待ち時間のある仕事状況なんで、呆けている暇があるものですから。少しは生産的に。
異星人によって幼年期の夢を覚まされた人類がその異星人の文化圏において一定の発言権を得るために人的資源を派遣する。そのための人員を要請する、前者の『宇宙軍士官学校』。
憲法9条の戦争放棄という、国家としての三要素、領域、国民、主権を自ら守る力(軍事力)を、正規に認められていない現実の自衛隊をモデルとした後者の『自衛隊』。
この二つの組織の作中の扱いはあまりに違います。
前者が人類の権利を確保するための義務として肯定され、この義務としての戦力を否定する動きはテロリストとして排除されます。
対し、後者は、吉田茂氏の演説『君達が日陰者である時のほうが 国民や日本は幸せなのだ どうか、耐えてもらいたい』を地で行き、国民の大多数は、軍として認めようとはしません。この状況を大多数の国がそうであるように肯定しようとした主人公サイドは、最終的に内乱を起こした反乱軍、いえ、軍は否定されていますからテロリストとして散っていきます。
単純に言うと、警察や、消防、海上保安庁を否定するのは犯罪者として否定され、自衛隊を肯定するのは右翼として否定される現状(少しずつ変化はしているようですが)そのままですね。
このあたり、作者の前職も大きく影響しているのが(鷹見氏は警察関係の仕事についておられています)面白いな。そう思いました。
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